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関ヶ原 司馬 遼太郎 映画

もう一つ関ヶ原の戦いならではの雑学としては、映画の中でも「先駆け」、いわゆる戦場で一番最初に敵と交戦する部隊だ。 東軍側は豊臣恩顧の武将でありながら、家康側についた福島正則と決まっていた。. 司馬遼太郎さん、というある意味、巨大な思想家とまで言える娯楽小説家を愉しむ上では、美味しい経験。大阪人なんですよねえ。 秀吉、豊臣、好きなんですよね。太閤さん。 そして、その反対に、大嫌いなんですねえ. 司馬遼太郎『関ヶ原』原田眞人監督・脚本で映画化決定 関ヶ原 司馬 遼太郎 映画 西暦1600年10月21日。 長く混迷を極めた戦国時代に終止符を打ち、その後の日本の支配者を決定づけた、戦国史上最大の天下分け目の決戦“関ヶ原の戦い”。.

。. 関ヶ原 司馬 遼太郎 映画 松たか子 :おすが 役. 。. *キャスト 岡田准一:石田三成 【 西軍 】 本作品の主人公。 安土桃山時代の武将・大名。豊臣秀吉の家臣。豊臣政権の五奉行のひとり。関ヶ原の戦いで西軍の主導者として知られる。己の正義を強く信じる純粋で不器用な武将。永禄3年(西暦1560年)ー 慶長5年10月1日(1600年11月6日)享年41歳 役所広司:徳川家康 【 東軍 】 戦国時代から安土桃山時代の武将・戦国大名。江戸幕府の初代征夷大将軍。豊臣秀吉亡き後、秀吉の遺訓を破り三成を挑発し、加藤清正や福島正則ら反三成派を巧妙に取り込み天下取りに野望に燃える”狸おやじ”と称される老獪な戦国大名。天文11年12月26日(1543年1月31日)ー 元和2年4月17日(1616年6月1日)享年75歳 有村架純:初芽 【 西軍 】 徳川家康が、政敵の石田三成に送り込んだくの一と言われている女性、実在したかどうかは不明。石田三成の側近くに使える事に成功するが、三成の人柄・人間性に次第に惚れていき、ついには本当の側室のような存在になってしまったという。 【 西軍 】 平岳大:島左近 東出昌大:小早川秀秋 中越典子:花野 島左近の妻 大場泰正:大谷刑部 山村憲之介:島信勝 島左近の息子 堀部圭亮:矢島助左衛門 生島翔:宇喜多秀家 中村育二:増田長盛 春海四方:安国寺恵瓊 麿赤児:島津維新入道 三浦誠己:島津豊久 辻本晃良:上杉景勝 松山ケンイチ:直江兼続 中嶋しゅう:赤耳 初芽と同じ伊賀忍者 壇蜜:尼僧妙善 【 東軍 】 北村有起哉:井伊直政 伊藤歩:蛇白 徳川家康の側近 音尾琢真:福島正則 和田正人:黒田長政 久保酎吉:本多正信 天乃大介:本多忠勝 吉村堺人:松平忠吉 松角洋平:加藤清正 関口晴雄:細川忠興 滝藤賢一:豊臣秀吉 キムラ緑子:北政所 西岡徳馬:前田利家 *スタッフ 原作:「関ヶ原」(全3巻)司馬遼太郎(新潮文庫) 監督・脚本:原田眞人 映画「関ヶ原」の撮影期間は、年8月20日から約2ヶ月半の予定。撮影場所は、京都、滋賀などを中心に国宝級の歴史建造物での映画初撮影も予定されています。また、映画「関ヶ原」のハイライトシーンの関ヶ原での決戦は、約3000人規模のエキストラを集めての迫力のある戦闘シーンを撮影する予定。 映画「関ヶ原」公式HP 映画「関ヶ原」の前売り券(価格:一般1400円)が、全国の上映館で7月1日(土)より発売されました。 映画「関ヶ原」の上映館の一覧は、コチラ html 通販サイトでの購入はコチラ 株式会社メジャー 今のところ、前売り券購入時の特典については発表されていません。 また、特典などについての発表がありましたら、紹介したいと思います! 記事作成日:/10/12 最終更新日:/06/04.

日本人の歴史観を変えたとも言われる小説家・司馬遼太郎が、歴史上の大事件を描いた『関ヶ原』。この記事では、大ベストセラーとなった小説『関ヶ原』のあらすじや読書のポイント、映画作品までをご紹介します。 司馬遼太郎『関ヶ原』とは デビューからヒット作を飛ばした司馬遼太郎の7. 1572年ごろ。 秀吉は織田信長の武将として、近江長浜二十余万石の大名でした。 三成は、幼名を佐吉(さきち)と言います。 学問のために寺に通っていたのか、寺小姓だったのかは定かではありません。 秀吉が鷹狩りのついでに寺へ立ち寄った際、佐吉(三成)が茶を出すことになりました。 佐吉は秀吉のために、一杯目はぬるめの茶を大きめの茶碗に注いで出します。 おいしいと言った秀吉は、佐吉にお代わりを命じました。佐吉は次には熱めの茶を、やや小さい茶碗で出します。 秀吉がさらにお代わりを要求すると、佐吉は舌が焼けるほど熱い茶を、小ぶりの茶碗に入れて出しました。 子どもながらにもてなしの心を持っていると看破した秀吉は、佐吉を気に入って取り立てます。 16年後。1588年、大坂城。 天下を取った秀吉は、朝鮮への出兵を考えていました。 佐吉改め三成はすっかり成人し、秀吉のそばで従順に仕えています。 三成は優秀な秀吉の右腕であり、秀吉に心酔していました。 秀吉も三成の優秀さを認めており、重要な任務を任せます。 7年後。1595年。 太閤・豊臣秀吉が、病の床に就きます。 先が長くないと知った秀吉が気にしたのは、まだ幼い息子・秀頼のことでした。秀吉には世継ぎが秀頼しかおらず、秀頼はまだ2歳です。 徳川家康、前田利家、宇喜多秀家、上杉景勝、毛利輝元ら五大老に、秀吉は秀頼のことを頼もうと思いますが、秀吉が弱ったことを知った家康は、機に乗じて天下を手に入れることを画策します。 その頃、三成は秀吉の命令で処刑されそうになった駒姫を、救おうとしていました。 関白・豊臣秀次に切腹を命じた際に、側室も処刑されたのです。 ただし駒姫はまだ、秀次の側室にはなっていませんでした。それを知った秀吉は、三成に命じて処刑を止めさせようとします。 ところが間に合わず、駒姫は京の三条河原で処刑されてしまいました。 駒姫を救わんとして刃向かった伊賀の忍びの少女・初芽を. Amazonで司馬 遼太郎の関ヶ原。アマゾンならポイント還元本が多数。司馬 遼太郎作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また関ヶ原もアマゾン配送商品なら通常配送無料。. 関ヶ原()の映画情報。評価レビュー 5868件、映画館、動画予告編、ネタバレ感想、出演:岡田准一 他。小説家・司馬遼太郎の著書を、『日本のいちばん長い日』などの原田眞人監督が映画化。. それでは、次に、映画とドラマでのキャストは誰だったのでしょうか?一覧でご紹介しましょう。 映画とドラマ両方に共通する主な登場人物をピックアップしました。ドラマでは、奇跡のキャストと言われたほどで、確かに、そうそうたるメンバーだということが分かると思います。^^ 【敬称略】. 司馬遼太郎原作、累計部数590万部超の“国民的ベストセラー”、初の完全映画化! 戦国史上最大の合戦「関ヶ原の戦い」。 これまで映画、ドラマでは何度も取り上げられてきた天下分け目の決戦だが、真正面から戦い自体を描かいたのは日本映画史上. 関ヶ原の作品情報。上映スケジュール、映画レビュー、予告動画。司馬遼太郎の名作小説を、岡田准一、役所広司、有村架純ら豪華キャスト共演.

敵軍50,000人に、たった690人で挑んだ“最後のサムライ” 慶応3年(1867年)、大政奉還。260年余りに及んだ徳川幕府は終焉を迎え、諸藩は東軍と西軍に二分していく。 慶応4年、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに戊辰戦争が勃発した。越後の小藩、長岡藩の家老・河井継之助は、東軍・西軍いずれにも属さない、武装中立を目指す。戦うことが当たり前となっていた武士の時代、民の暮らしを守るために、戦争を避けようとしたのだ。 だが、和平を願って臨んだ談判は決裂。継之助は徳川譜代の大名として義を貫き、西軍と砲火を交えるという決断を下す。 妻を愛し、国を想い、戦の無い世を願った継之助の、最後の戦いが始まった. 映画では、従来の人間味のない冷徹といった三成像を覆す「正義を信じ、愛を貫く純粋すぎる武将」として描かれています。 豊臣の家を守ることだけに一生を捧げた、本当に忠義すぎる人というのが、この映画「関ヶ原」でのイメージです。ある意味、今風にいえば、「痛い」人というイメージかもしれませんね。でも、その真っ直ぐさが、一点の曇りもない忠義ものとして、逆に人間味あふれる男として三成像を変えています。 2016年の大河ドラマ「真田丸」でも山本耕史さん演じる三成は同じようなイメージでしたね。最近の三成像は、昔に比べると変わってきていますよね。^^ 僕の最近の好きな俳優さんは、ダントツ1位が「岡田准一」さんなんです。 俳優・岡田准一さんを好きになったのが、大河ドラマ「軍師・官兵衛」でした。官兵衛の老練さが見ていてゾクゾクしましたね。官兵衛のときは、三成と敵対する役柄でしたが、今度は、三成になるということで、見所のひとつですね。 また、対する役所広司さん演じる徳川家康もまた、懐が大きい武将として、こちらも人間味あふれる家康像を描いているそうです。 さらに、この映画では、関ヶ原のキーマンとなる東出昌大さ. Amazonで遼太郎, 司馬の関ケ原(上) (新潮文庫)。アマゾンならポイント還元本が多数。遼太郎, 司馬作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 正室に加え、側室を5人抱える三成ですが、本当に恋をしている相手は初芽だと、三成は告げました。初芽は心を動かされます。 三成に命ぜられ、刑部の様子を見に行った初芽は、反目する蛇白の手先・赤耳に襲撃されました。 命は助かったものの、初芽は奴隷として捕まり、足止めを食らいます。 1599年3月3日、大納言・前田利家が没しました。 かねてから反目する清正に命を狙われた三成は、家康のところへ駆け込みます。 「今自分が死ねば、一番困るのは家康だ」と、三成は気づいていたのです。 家康は清正を追い払ったものの、本来であれば敵である三成を屋敷に迎え、心中は複雑でした。 関ヶ原 司馬 遼太郎 映画 やがて家康は秀頼の後見人として、また五大老筆頭として、事実上、大坂での権力を手に入れます。 家康は細川家や島津家をもてなし、自分に有利になるよう動いていました。 ぞくぞくと家康の配下に下る戦国武将を見ながら、毛利家がどう動くか、三成は考えます。 家康は上杉氏征伐と称し、大坂城から出征します。これも、三成を叩く作戦のひとつです。 家康の目的は、自分の留守中に三成らに挙兵させることでした。相手方が兵を挙げたところで、叩くのが目的です。 そのため進軍を遅らせて、じりじりと東へ移動しました。 1600年7月12日。 いっぽうの三成は秀吉の死後、立場が不利になっていました。 さらに家康が力をつける前に倒しておかねばと、三成はあせります。 7月16日。 家康が関ヶ原で合戦を交えようとしていると、初芽は推理しました。 初芽は捕らえられ、琵琶湖の南で働かされています。 三成に伝えたいと思いながらも、他の女たちと共に手足を繋がれて拘束されているので、逃げることもかないません。 小早川秀秋は、迷っていました。 家康から再三にわたり、合戦の際には家康側につくように言われています。 秀吉の正室である北政所に意見を伺った秀秋は、「西軍の振りをすりゃあええ」ということばを聞きます。 「三成は負けた方がええ。でも、三成の血は遺した方がええ」 そのことばを聞いた秀秋は、さらに混乱しました。態度を決められないまま、時間が経過します。 三成は大坂にいる毛利へ何度も書状を出し、家康に対して挙兵するよう催促しました。 ところが書状を運ぶ者たちが途中で刃に倒れ、書状はなかなか届きません。 届いたものもありますが、毛利は挙兵せず静観しました。.

出演: 役所広司 松たか子 香川京子 田中泯 永山絢斗 芳根京子 坂東龍汰 榎木孝明 渡辺大 AKIRA 東出昌大 佐々木蔵之介 井川比佐志 山本學 吉岡秀隆 仲代達矢 監督・脚本:小泉堯史 音楽:加古隆 関ヶ原 司馬 遼太郎 映画 原作:司馬遼太郎「峠」(新潮文庫刊) 配給:松竹、アスミック・エース com/ © 『峠 最後のサムライ』製作委員会 <関連記事> 【長岡藩家老:河井継之助】幕末最後のサムライと呼ばれた男の生き様 【戊辰戦争のきっかけとは?】関連する出来事から経緯までわかる 【尊王攘夷?公武合体?】幕末の流れを思想で理解する. See full list on rekishi-shiritai. 歴史愛好家たちが関ヶ原合戦を語る際、およそ次の概要が理解の前提として求められている。 多くの歴史愛好家たちは、このように武将たちの思惑と、関ヶ原で待ち受ける運命を、まるで見てきたかのように語ることができるだろう。 そこから先は、どうしてこの人物はこのような行動をとったのか、あの軍勢はなぜそこに配置されたのかといった議論が展開されるのが常である。 だが、歴史愛好家たちの間でも情報源はそれぞれ異なっているはずだ。ビデオゲームや小説などの娯楽作品だけから得た話だけで語っている人もいるだろうし、SNSにウィキペディアをあわせたインターネットの情報を基礎知識としている人もいるだろう。もちろん、そこから古文書や専門書に踏み込んで考察を進めている人がいるだろうことも容易に想像できる。 このように歴史愛好家たちは、必ずしも同じ情報源を基としていないにも関わらず、関ヶ原の定説と通念を共有していて、対話が可能となっている。その共通言語として主核に位置するのは、本来「史実」と呼ばれる歴史の事実であるはずだが、関ヶ原の場合おそらくそうではなく、ひとつの「古典」があるものと思われる。. See full list on hm-hm. About Press Copyright Contact us Creators Advertise Developers Terms Privacy Policy & Safety How YouTube 関ヶ原 司馬 遼太郎 映画 works Test new features Press Copyright Contact us Creators. 映画・関ヶ原の原作は司馬遼太郎が書いた名作「関ヶ原」ですが、 一体どのような物語なのでしょうか。 今回は原作であり、司馬遼太郎の関ヶ原の魅力をたっぷりとご紹介しましょう。 (写真引用元:関ヶ原公式サイト). 仲代達矢 :牧野忠恭(雪堂) 役. 戦国の陣形』(洋泉社、)。テレビ出演『歴史秘話ヒストリア』『英雄たちの選択』など。 関連記事 【豪華キャスト続々発表】岡田准一が石田三成に!司馬遼太郎の巨編・映画「関ヶ原」.

。. 実力ゆえに一介の武士から越後長岡藩の筆頭家老に抜擢される、“知られざる英雄”河井継之助を演じるのは、言わずと知れた日本映画を代表する俳優・役所広司。自分の命を顧みず妻を、仲間を、そして国を守ろうとする継之助を魅力的に演じ、「サムライ」としての生き方を体現してみせます。 その継之助をいかなる時も信じ、支え続けた妻おすがには、数々のテレビ・映画・舞台で活躍を続ける女優・松たか子。そして、長岡藩の先代藩主で、藩の命運を継之助に託す牧野忠恭(雪堂)には仲代達矢がキャスティングされています。 このほか、継之助の父・代右衛門は田中泯。母・お貞には香川京子。継之助の良き相談相手となる小山良運に佐々木蔵之介、良運の息子、正太郎は坂東龍汰。従者の松蔵に永山絢斗、なじみの娘・むつに芳根京子、継之助と生死を共にする川島億次郎に榎木孝明、側近の花輪求馬に渡辺大。幕府軍・松平定敬に矢島健一、継之助に戦争の虚しさを思い知らせる老人に山本學、月泉和尚には井川比佐志。徳川家最後の将軍となった徳川慶喜を東出昌大、敵対する官軍の岩村精一郎を吉岡秀隆が演じます。. 司馬遼太郎の小説を原作に、巨匠・原田眞人監督と岡田准一がタッグを組み映画化に挑む『関ヶ原』。 このほど、本編映像をふんだんに交えた.

その生真面目さが、却って三成を追いこむことになるとは、三成は気づいていませんでした。 翌1599年、1月。 伏見城に移った家康は、伊賀の少女・蛇白を寵愛していました。死んだ側室・阿茶に似ているとして、阿茶と呼び始めます。 同じ頃、三成も伊賀の少女・初芽に気を許していました。 初芽はなにかにつけ自分のことを「犬」と表現しますが、それを制止した三成は「お前のことが、誰よりもいとおしく思える」と言. 司馬遼太郎のベストセラー小説を、人気グループ「v6」の岡田准一さん主演で実写映画化する「燃えよ剣」(原田眞人監督)が、年10月に公開. 脚本・監督:小泉堯史 主演:役所広司『峠 最後のサムライ』年6月18日(金)公開!司馬遼太郎の名著が、初の映画化!坂本龍馬と並び称された、“知られざる英雄”河井継之助を描く、歴史超大作!.

. 今からおよそ350年前に起きたことを、老人が少年に語りかけていました。 (注:司馬遼太郎の原作『関ヶ原』は1964年から1966年にわたって連載された) 老人は少年に、その土地で起こったことを話します. 先にも触れたが、現在の関ヶ原合戦の定説と通念を日本人にインプットさせたのは、司馬一人の仕事によるものではない。『関ヶ原』によって共通言語としての歴史像が提示され、あらゆる逸話、派閥の構図、個々の人物像が本作をきっかけに語られはじめた。そこから司馬作品を本家とする視点を変えた派生作品がたくさん現れた。これら新しい作品の受け手たちは、必ずしも司馬の『関ヶ原』を読んでいるとは限らない。だが、その前提とされるオリジナルを何となくイメージさせられ、背景世界として垣間見える何かを意識させられている。このような繰り返しにより、司馬作品そのものを読んだ人以外にも『関ヶ原』を「史実」として認知させていっているのである。 関ヶ原 司馬 遼太郎 映画 司馬に作られた関ヶ原像は「見えない史実」から「よく見える虚構」として、われわれの脳裏に強く焼き付けられた。『古事記』の記述と近年の考古学の成果が矛盾しあって、その隔絶は埋めようもないことはよく知られる通りだが、古典の『関ヶ原』と史実の関ヶ原合戦の関係もこれに等しい。少なくとも「物語る」という素材としては、解明されていない史実よりも、小説『関ヶ原』のほうが「歴史」としての効能を果たしている。そこには絶大な「古典」の力を認めざるを得ない。. 7 映画『駅までの道をおしえて』大切な存在を失った少女と. 『関ヶ原』(せきがはら)は、司馬遼太郎の歴史小説。徳川家康と石田三成の対立を軸に、天下分け目の決戦となった関ヶ原の戦いを描いた作品である。 『週刊サンケイ』誌上で、1964年(昭和39年)7月から1966年(昭和41年)8月にかけて連載された。. 映画『関ヶ原』が描く新しい歴史観.

古典とは、共同体が共同体として成立するための財産である。 古今の型やお約束としての司馬作品を愉しむ。映画「関ヶ原」には、原作を忠実に継承している点や相違点を理解する愉しみ方がある。 現在の関ヶ原と名がつく作品は、どれも司馬作品の『関ヶ原』と無縁ではない。こうした関連作品を鑑賞するための歴史的前提を識ること、それがすなわち「文脈」(コンテクスト)を獲得するということであり、その基礎となるシェアのテキストが「古典」である。 そしてその「関ヶ原もの」を愉しむための古典として、司馬遼太郎の『関ヶ原』をあげておく。 歴史は史実(過去の事実)のみによって在るものではない。善き古典(事実の是非を超えた記憶)から生まれる情緒と行動もまた、未来の歴史を産み出すのだ。人類は美しい神話や物語に学び、憧れることで、社会と文明を豊かにしてきた。そのためのロドスとして、今の世に善き古典が伝え残されているのだ。 乃至政彦(ないし・まさひこ) 歴史研究家。単著に『上杉謙信の夢と野望』(ベストセラーズ、)、『戦国の陣形』(講談社現代新書、)、『戦国武将と男色』(洋泉社歴史新書y、)、歴史作家・伊東潤との共著に『関東戦国史と御館の乱』(洋泉社歴史新書y、)。監修に『別冊歴史REAL 図解! 司馬遼太郎好きが映画「関ケ原」を観た結果!そこは違うでしょ!と思った点2つ! 公開日 : 年9月5日 / 更新日 : 年9月14日. 豊臣秀吉の死後、徐々に支配者の顔を覗かせ始める徳川家康。 豊臣家を裏切るような家康との間に確執を深めていく石田三成。 豊臣家の内外から様々な手を使い豊臣家の内部分裂を促してゆく家康。 家康の巧みな権謀術数に抵抗を見せる三成。 ついに三成は家康討伐を考えるようになってゆく。 慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)、そんな両者が、東西に分かれて雌雄を決する戦国史上最大の戦い、”関ヶ原の戦い”が始まろうとしている。. . 関ヶ原 司馬 遼太郎 映画 See full list on rekijin. 司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』が、主演に岡田准一を迎え実写映画化。年5月22日(金)に公開される予定だったが、公開を延期。新たな公開日は. 司馬遼太郎さんの「関ヶ原」はどんな小説なのかを、まず簡単にわかりやすく解説しておきますね。 この「関ヶ原」は、戦国時代を3つの時代に分けて書かれた最後の作品なのです。 1つ目は、まむしの道三こと斎藤道三と織田信長を扱った「国盗り物語」。2つ目は、信長が本能寺に倒れたのち、天下を取り、家康を家臣にするまでを扱った豊臣秀吉の「新史太閤記」。そして、秀吉の晩年期から家康がいよいよ天下に号令をかけるまでを扱った、この「関ヶ原」となります。 ですので、この3つの作品を順番に読んでいけば、戦国がよくわかるということになりますね。^^ ぜひ、この3つの作品を読んでみてはいかがでしょうか? で、関ヶ原ですが、主な登場人物は、天下を狙う、徳川家康を中心とした徳川家の面々、そして、家康には絶対天下を渡さないと決意した石田三成を中心とした大坂方の面々。さらには、加藤清正ら秀吉恩顧で、三成を恨んでいる面々となります。 徳川家康、本多正信、石田三成、島左近の4人を中心に前田利家、上杉景勝、毛利輝元、島津義弘、長宗我部元親、黒田官兵衛・長政ら各地の有力大名の内情も絡めながら、天下分け目の大戦へと向かっていく様を描いた作品になっています。 これがドラマや映画ではどのようになっているのでしょうか?キャストは誰だったのでしょうかね?^^.

9月14日、戦いの前日(オープニングのところが、ここへ重なる)。 関ヶ原の南、松尾山で大垣城をのぞむ家康に、赤耳が情報をもたらします。 家康は、関ヶ原で決戦すべきと決断します。 同じ頃、三成も関ヶ原が決戦の場だと気付いていました。 桃配山で落ちた地蔵を戻しながら、家康は「敵は十万、我らは八万」と言います。 1600年9月15日(関ヶ原の戦い、当日)。 東軍(家康)八万と西軍(三成)十万の兵力が、関ヶ原で一堂に会しました。 霧がたちこめる午前6時、徳川勢の軍を東西から挟んで討つ作戦を、三成たちは考えます。 いくさの序盤は三成側に有利でした。 ところが合戦の蓋を開けると、西軍は大谷、宇喜多、小西、石田の軍しか動きません。 あとの軍勢はみな陣を動かず、静観しているのみでした。これこそが、家康が事前に周到に仕組んだ、調略工作でした。毛利も動きません。 それでも三成たちは、互角に戦います。 初芽を狙った後、島左近に雇われた伊賀者・赤耳は、忍びの仕事を果たした後に、家康暗殺を狙いました。 陣営にこもる家康のところへ行き、暗殺しようとします。 赤耳の前に阿茶(蛇白)が飛び出し、家康をかばいました。 家康は命の恩人の阿茶ごと赤耳を斬り、殺します(家康の非情さを表している)。 秀秋は、この期に及んでもまだ、迷っていました。 心情的には三成に味方したい気持ちもあり、家康に懐柔されていた秀秋は悩みます。 島左近の息子・信勝が満身創痍で現れ、三成側で挙兵してくれと嘆願された秀秋でしたが、最終的には家康側に就きました。 小早川勢が裏切ったと知った三成は、自身の負けを悟り、叫びます。 島左近の妻・花野とその息子・友勝に逃げろと言いました。 午後1時、5時間後。 左近は三成に、逃げろと告げます。左近と三成は散りました。 兵を率いた左近は、自爆します。 尽力して脱走に成功した初芽は、戦場に駆け付けていました。 左近の妻・花野のところへ辿り着いた初芽は、三成が戦に負けたと知り、落胆します。 戦線離脱した三成は、そのまま領民の百姓の厚意でかくまわれました。 その百姓の家に徳川の家臣が訪ねますが、三成は逃げませんでした。逃げれば、自分をかくまった百姓が殺されるからです。それを不義だと、三成は考えたのです。 捕縛された三成は、しばらくのあいだ城の門の脇にむしろを敷き、白装束で縛られて放置されました。. スポンサーリンク ドラマの「関ヶ原」は、石田三成を主人公にした初めてのテレビドラマだったそうです。 TBS開局30周年記念として、正月大型時代劇として、1981年1月2日~4日までの3夜連続で放映されたのでした。 このドラマでは、脇役にすぎなかった石田三成を「主役」に押し上げた貴重なドラマだったようです。 そして、三成といえば、大企業の社長「徳川家康」に、一介の課長クラスが愚かにものを申した、楯突いた、または、秀吉の跡を継いで自分が天下を取ろうと考えた、愚か者としての印象を見事に払拭したドラマでもあったのです。 映画と同じイメージですが(原作が同じなので当然かな^^;)、原作に忠実に、融通がきかず、敵をむやみに増えやしていき、結局は自分から離れてしまうといった流れを表現しています。 ただし、徳川家康に関しては原作と違って、関ヶ原の戦いの後に三成に対して、よくやったなといった三成をねぎらい涙する、懐の大きい人物として描かれていますよ。 このドラマで主役の三成を演じた加藤剛さんの三成が今でも、一番はまり役と評判になっているようですね。. 映画「関ヶ原」は、歴史小説作家の司馬遼太郎が、1964~66年に「週刊サンケイ」に連載した歴史小説「関ヶ原」の実写映画化です。 小説「関ヶ原」は、雑誌掲載後、出版され単行本と文庫本の累計発行部数は、580万部を超える大ベストセラーとなりました。 司馬遼太郎の描く”戦国三部作”「国盗り物語」、「新史太閤記」のひとつであり、また”家康三部作”「覇王の家」、「城塞」のうちの1作にも数えられます。 1981年、森繁久彌さん主演でテレビドラマ化はされていますが、実写映画化は、今回が初めてとなります。 今年、年は司馬遼太郎没後20年に迎えるなかでの、実写映画化が決定しました。 「関ヶ原」(上) 新潮文庫 ** 「関ヶ原」(中) 新潮文庫 ** 「関ヶ原」(下) 新潮文庫 **.